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映画「スリー・ビルボード」から思うこと

美と健康を通して地球環境浄化(^◇^)

地球の応援団長こと鳥辺康則です

先日映画「スリー・ビルボード」を観てきました

さまざまなエクスマの先輩たちがSNS上で凄い映画!と発信されていたので、観ないワケにはいかないでしょう〜

観終わって後に残る心の苦しさ・・・

何なんだろー?

数日たってもスッキリしないのでブログに書くことにしました

観ようと思っていて未だ観ていない人は読むとネタバレになるかもしれないのでご注文してください

ストーリーの概略


アメリカはミズリー州の田舎町エビングに住むミルドレッドは、娘を失くした怒りを地元警察へぶつける

死因は、レイプされて火をつけられての殺害

警察署長のウィロビーは懸命に捜査したが、一切の手掛かりがなく犯人を逮捕出来ずに7カ月がすぎる

ミルドレッドは怒りが収まらずに、道路に立ち並ぶ3枚の広告看板を1年契約で借り、警察の無能さを象徴するような看板を出したのです

看板を不快に思い怒りをたてる警察署の連中とミルドレッドの攻防が続くのです

そして事態は予想もつかない方向へと発展していくのでした

これ以上書くと本当に見ていない人に失礼なのでやめときますね(笑)

ミルドレッド役のフランシス・マクドーマンドが圧巻の演技をしています

元々あんまり好きな女優さんではなかったのですが、この1冊で一気にファンになりました

監督のマーティン・マクドナーも全然チェックしていなかった監督です

「ヒットマン・レクイエム」「セブン・サイコパス」もいちよう観ているのですが(笑)

人間誰の中にもある怒りと愛


この映画は見始めと最後では感情導入が全く変わってくることがびっくりしました

最初は娘がレイプされ火をつけられ殺された悲劇の母親の怒りに同情していましたが、最後には狂気の沙汰にしか感じなくなります

逆に暴力ばかり振るう悪徳警官のディクソン巡査には、嫌悪な感情しか感じませんでしたが最後には愛を強く感じました

どちらが善か?悪か?では無く全ての人間の中に宿る怒りと愛

「怒りは怒りを来たす」

誰の中にもある「怒り」ですが、怒りに対して怒りで攻防すると、最悪の事態になる

力には力で、暴力には暴力で解決しようとすると最終的には戦争になります

人間本当に許すことの心がどれほど大切かと言うことです

言い換えれば愛です

自分が実際に主人公のようような立場に追い込まれたら本当に愛を持って許すことができるのかと言ったら、わかりません

私は人間にとって1番心身ともに破壊するのが「復讐」という思い出と思っています

復讐心を抱くと身体の中には猛毒な物質がたくさん生成されることが医学的にも証明されています

私はどんな人の心の中にも「愛」が宿っていると信じています

劇中では悪徳暴力警官のディクソンの中に愛を感じるシーンが出てきます

末期ガンの上に最後は自殺してしまった警察署ウィロビーがディクソンに残した手紙がきっかけになったのです

そこに書かれていたことは

「警察官に最も大切なものは愛だ!」

「愛は平静を導き、平静は思考を導く」

「拳銃はいらない、憎しみもいらない」

これは新約聖書「コリント人への手紙」からの引用です

「愛は忍耐強い」

「高ぶらない」

「いらだたず、恨みを抱かない」

「最も大いなるものは愛である」

大好きなシーンです

刑事になるのに重要なのは愛

どんな悪人の中にも愛がある

私は常々目には見えないものの中に本当に大切なものがあると思っています

考え・想い・空気・言葉など

人の想いが「破壊的」にむくのか、「寛容的」にむくのかで結果は当然違いますよね?

やり場の無い「怒り!」からスタートして、その怒りがもたらす結末を描いた映画です

しかしどんな人の中にも愛がありそれがどんな形で表面に現れるか分かりませんが、最後は何かによって気づかされると言う映画でした

久々の骨太の映画に出会ったのでブログに書かさせていただきました

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