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人は死んだときに生きてきた価値が判断されるのかもしれない

大きな会社の役職に就いている方が亡くなった時は、取引先や上司や部下、多くの方々がお通夜やお葬式に参列されます

しかしその方が定年退職を迎えて会社を去った後に亡くなると、比較的多くの人がお通夜などに来なくなるものです

株式会社 日向の鳥辺康則です(^◇^)

このような話は昔からよく聞きます

お仕事をしているときの交友関係の広さは、亡くなったときのお通夜に参列される方々の数と比例しないと言うことです

表面的な付き合いやお仕事を通してだけの付き合いの方々は、その役職が終わり定年退職を迎えたりした後は結構孤独なものです

しかし、僕は人が亡くなった時にどれだけ多くの方々が本当に悲しんでお通夜に参列してくれるかでその方の価値が決まると思っています

そうじゃない!と言う方の意見もあると思うんですかが、私の考え方としてはそう思うのです

表面的な付き合いだけではなく、お仕事の付き合いだけではなく、本当に人間としてどれだけ多くの人の役に立ち交流を持ったかによって生きてきた価値が決まるのかもしれません

実際ハーバード大学が75年間に及ぶ長期にわたっての研究で明らかにした、「人を幸せにするものは何か?」のデータがあります

結果はお金ではなく、地位や名誉ではなく、最後に人が幸せと思う結果は、人生において人間関係が最も重要な要素であることがわかったのです

そんなに豊かでなくても常に人に囲まれて育って人から愛されて人生を送った人が幸せだと言うことになります

今回それを目のあたりにしてきました

フィリピンにて妻のお兄さんの葬儀に参加して感じたこと


妻の兄であり、私の友であり、良き弟分であったChirstopher Dela Cruz alyas Jon jun’s/sap sap’sが飲酒運転による事故によりなくなりました

我々夫婦は悲しみに明け暮れて本当に落胆しています

ちょうど新型コロナウィルスの影響もあり子供たちも学校がなかったために、家族全員して葬儀に参列してきました

そこで見た光景は、日本ではありえない位の人との関係性の濃厚さと愛されてる個人の人柄が現れた葬儀だったのです

正直、妻の兄は恵まれた環境の生活をしていたわけではありません

懸命に仕事を探すのですが、仕事が見つからずにとても苦労していました

奥さんが教師の仕事をしているのでその収入で一家全体を支えている感じでした

日本での価値観は、働かない夫はダメなヤツ!と言う感じだと思います

もちろんフィリピンでも同じです

しかし懸命に様々な仕事を探しても、実際に見つからないのが事実なのです

大学を卒業しても職につける人はごくわずかな国なんです

しかし彼はただ遊んでいたのではなく、多くの方々の役に立つために様々な雑用やお手伝いを長年やってきてたのです

フィリピンは95%の方々がキリスト教のカソリックです

カソリックでは亡くなった方は7〜9日間は、自宅でお通夜みたいな作業がなされます

その期間中に多くの方々が個人に最後の別れを告げるために来るのです

実際100名以上の方々が全道各地から彼に最後の別れを伝えるために訪れました

この現場を見て私は正直に、自分が死んだら100名以上の方々がお通夜に参列するのだろうか?と思ってしまいました

お金では買えない、地位や名誉では買えない、その人が生きてきた人生の価値と言うものが見えたのです

フィリピンでの本葬儀は個人の棺を車に積んで、大勢の方々がその後参列して歩いていくと言う行事です

当日も100名を超える方々が参列していました

車で5時間かけて駆けつける方々やカナダやニュージーランドからわざわざ飛行機に乗って駆けつける方々もいました

すべての親族が集い、友人や知人、近所の方々など幅広い方々が旅立ちを見送りました

彼は本当に愛されていたんだと心から涙が出ました

フィリピンは何が何でも家族が1番大切だと言い切れる国民なのです

家族を守るために必死に働き、家族のために苦労するのです

今の日本人が忘れている大切なものがもしかしたらそこにあるのではないでしょうか?

格家族になり、親戚付き合いや近所付き合いがなくなる現代の日本の形が本当に正しいのでしょうか?

そんなことを痛烈に感じさせていただける1週間でした

個人の冥福を祈りながらそんなことを思いブログに書くことにしました(^◇^)

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