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「許すこと」って大切なような気がします

昨日空港である中年男性が大声でこんなことを言っていました

「絶対に許さない❗️」です

株式会社 日向の鳥辺康則です(^◇^)

どうも会社の部下が失敗をしてとんでもない損失が出たような内容の会話でした

顔を見ているだけで怒りそのものを感じる💢くらい激怒していました

私も人間ですから怒りを感じる事はあります

でもそんな時「許す」ことを心がけます

相手を許すと言う意味だけではなく、怒りを抱いた自分自身を許すことです

東京で住んでいると人々の怒りを多く感じることがあります

私に対してと言う意味ではなくみんなイライラしてると言うことです

許すとは元来、固く締められていたものを「ゆるくする」と言う意味だそうです

同義語として、「寛恕(かんじょ)」「宥恕(ゆうじょ)」があります

「恕」とは相手の事なので、相手に対して寛大な心でいる

相手に対して広い心で接すると言う意味です

そんな心の余裕を持ってる人が最近少なくなっているように感じます

そんな時に週刊朝日で「許すこと」の特集がありました

ナイスタイミングです

そこで書かれていた事は・・・

過ぎ去たる人の過を、とがむべからず。我が過を、しきりに悔やむべからず。人の無礼なる横逆を、怒り恨むべからず。是非、老人養生の道なり。又、老人の徳行の慎みになり。  「養生訓」

他人の過ちだけでなく、自分の過ちも許せと言うことらしいのです

自分自身を責めてしまい許せない気持ちになっている人も最近多いように感じます

まずは自分を許してあげてほしいと思っています

人間悔やんでも取り返しのつかない失敗をすることがあるんです

私にもたくさんあります

またこのようなことも書いてありました

自分を責めることの厳しい人は、人を責めることも厳しい。他人を思いやることの寛容な人は、自分を思いやることも寛容である。これらは皆、厳なれば厳、寛なれば寛と、一方に偏していることをは免れない。立派な人間である君子は、自らを責めることで厳で、他人を責めること寛である。  「言志四録」

つまりは、自分よりも他人をよりいっそう許すようにしろと言うことだと思います

人が世の中を生きていくときには、自分から一歩をゆずることがより優れた道である。この一歩をゆずることが、それがそのまま一歩を進める根本となるのである。人を遇する時には、完全なことを求めないで、九分ぐらいに止めて、あとの一分は寛大にして見過ごすようにすることが良いことである。 

他人に対して寛大であることが、ひいては自分にとってもプラスになると言うことらしいのです

なるほどと思ってしまいました

絶対に◯◯て言葉は本当に足に重りをつけるようなものだと思います

世の中絶対なんて言う言葉はないと思っています

新型コロナウィルスが世界で拡大することによりより予測不能な未来があることを実感したと思います

フレキシブルな思考を持ち臨機応変な行動を取らなければポストコロナは生きていけないと思います

そして心の寛容さはこれからの時代最も重要なことだと思うんです

昔の人はこう言いました

人の振り見て我が振り直せ

絶対に許せないと大声で怒鳴っていた男性を見て、自分もそんなことがあると思ってしまいました

だからこそ怒りに震えている自分を許し、相手を許す努力が必要だと思ったんです

そんなことを感じてブログを書きました(^◇^)

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