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映画「異端の鳥」を観て思うこと・・・

本年度見た映画の中で一番の衝撃的で深いものを与えてくれた作品です

見終わった後に爽快感は全くありません

株式会社 日向の鳥辺康則です(^◇^)

この映画はベネチアやトロントの映画祭で上映途中に目を背ける映像に気持ち悪くなり席を立つ人が続出した曰く付きの作品です

思わず目を覆いたくなるような描写がたくさんあった事は間違いありません

しかしそれと同時に圧倒的な映像美とモノクロから醸し出す少年の悪夢の連続に心打たれます

ストーリーは、戦時中のホロコースト(大量虐殺)から逃れた少年が、行く先々で災難をもたらす衝撃的な悪夢の連続の物語です

もう少し詳しく知りたい方はこちら⬇︎

第二次世界大戦中、ホロコーストを逃れて東欧のある村の叔母のもとに疎開した1人の少年。しかしある日、その叔母が病死した上、火事で叔母の家も焼失、少年は身寄りを失くしてしまう。

たった1人であてのない旅に出た少年を、行く先々の人々は“異物”と見なし、ひどい仕打ちを与える。それでも少年は、なんとか生き延びようと必死でもがき続ける。

予告編はコチラ⬇︎

https://m.youtube.com/watch?v=pMmmNR8jFF8

衝撃の映像の中には、肉体的に痛々しいものから、モラルや倫理を逸脱するものまで、人間の根源に眠る悪をあぶり出すような感覚で次から次へと襲いかかります

決して万人向けの映画ではありません

原作は自身もホロコーストの生き残りである、ポーランドの作家イェジー・コシンスキ氏が、1965年に発表した代表作「ペインテッド・バード」です

彼は当初この物語は自身の体験した「自伝」と発表していましたが、その後この物語はフィクションであることが発覚しました

ポーランドでは発禁書となり、作家自身も後に謎の自殺を遂げた曰く付きの原作なのです

この映画を見て私が強烈に感じる事は、人間が本能的に抱えている「闇」と「野蛮」の部分である

人間が本来持っている光と闇の部分があるとすると、この映画は「闇」を隠さずに動き出していると思います

人間である限り残忍で暴力的である部分を少なからず全ての人が持っていると言う事は普遍の事実だと思います

映画の中のような目を背けるような残虐なことをすると言うことではありません

SNSで他人を中傷非難したり、相手と歪みあったりすることも根底の部分では同じだと思っています

性への執着やマウントをとって支配しようとする姿は現代社会にも通じる話なのです

今現在も支配層が多くの人を奴隷のようにコントロールしてることがたくさんあります

「戦争が人を変えてしまう」と言う人がいますが、本当は人間がもともと残虐だから迫害も虐殺も世界で起きており、戦争も勃発するのではないかと考えさせられます

11年の歳月をかけて撮影されたこの作品の監督も次のようなことを言っています

この作品は戦争映画でも、ホロコースト映画でもなく、時代を超越した普遍的な物語だ。作品で描かれている暴力や残虐さは重要ではない。今も世界のどこかで同じようなことは起きている。それよりも、人はなぜそのようなことを行えるのか。われわれ人類の運命はどこに向かっているのかといった、問いかけの方が重要だ

この作品に対して感じる苛立ちは正しい感情だと思います

正義や愛、優しさ、善性を求めたくなる気持ちが人間の中に同居する残忍さを抑える唯一の方法かもしれません

光と闇は同居しており、常にコインの裏表と一緒だと思っています

相反する両輪がバランスをとってこそ、人間だとも言えるのです

この映画は万人向けではないと言いましたが多くの方に見てほしいです

目を背けずに、受け入れることにより人間の両面性が存在していることを認識するはずです

自分本位でペットを飼って放棄することも残虐性です

人間の都合で多くの生物を死滅させて言ってるのも残忍性です

人間が人間だけを虐待することが残忍性ではなく、多くの動植物を殺し続けている現実を見ると認めざるをえません

だからこそ大切な選択があると思うのです

そんなことをこの映画を見て感じました

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