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環境が人の人格を形成していると思います

先日映画館で「ジョーカー」を観てきましたw

ここ数年間見た映画の中で強烈に心をえぐられた作品です

株式会社 日向の鳥辺康則です(^◇^)

主演のホアキン・フェニックスの演技はまさに賞賛するべき凄いものでした

ストーリーは簡単に言うと「心を病んだコメディアン志望のアーサー・フレックが、世界から途絶されたことで心が折れ犯罪の道に足を踏み入れていくと言うストーリ」

格差社会の底辺的絶望の中でそれでも希望を失わずに生きていたアーサー

もがいてももがいても逃れられない不運の連鎖の中でさらに困窮している先で「爆発」が起きる

一人の気弱なアーサー・フレックが「ジョーカー」として覚醒していく

そのジョーカーの活動を見たゴッサムシティーの貧困層が同じピエロの紛争で町中で暴れだして大混乱になっている

簡単に言うとそんなストーリーですが、この映画はそんな単純な言葉で語れない奥の深いものがあります

ジョーカーといえば1940年代のDCコミックでバットマンの宿敵として登場したキャラクターです

しかし今回の映画で登場するジョーカーは、私たちの知っているバットマンの宿敵では無いのです

むしろバットマンを忘れたほうがいいと思います

一人の人間の絶望と拒絶の中で逃げられない運命が彼を悪に変えていくと言う壮大なストーリーです

本当に心が抉られます

どんなに貧しくても、どんなに過酷な状況でも、どんなに苦しくても彼は夢を持ち未来に一点の光を持ちます

しかしそのささやかな夢や希望は「絶望」となって彼を襲うのです

私は全てを失った人ほど怖いものはないと思ってます

失うものがないもの、弱みがないもの、希望がないものこそが1番の怖い存在になり得るのです

人間はどんなに劣悪環境でも希望を見いだすが故に生きられるのです

愛されずに育った子供たちの未来はどうなるのだろう?


最近でも日本で小さな子供が親の虐待を受けて死亡する事件が増えています

何日間も食事を与えられず、虐待を受け何の喜びも得ないまま死んでいくのです

「死に至る病とは、絶望のことである」

哲学者キルケゴールの言葉です

親の愛や神のご加護すら与えられない状況下の中で人はどのように育つのでしょうか?

物理的に言えば親の愛などなくても、適度な栄養と世話さえあれば人は元気に育ち生きていけると言う人がいます

肉体的にはそうかもしれないですけど、人の感情や心はそんなに簡単ではないと思うのです

「人生に簡単な答えはないと思います」

最近日本では「愛着障害」の人が増えていると言われています

親から十分に愛を与えられずに育った子供たちは、人を信じることや愛することができないのです

生きる希望や意味を失い、精神的な空虚と自己否定の奈落に人を突き落とす病気なのです

心を病ませるだけでなく、不安やストレスに対する抵抗力や、トラウマに対する心の免疫を弱らせることで、体をも病魔に冒されやすくしてしまいます

まさに映画ジョーカーの主人公「アーサー・フレック」的な人が増えていると言うことなのです

生まれ持って「悪」の人間はいません

人は環境の中で様々なものに影響受けて育ちます

特に小さい頃の親からの愛情が欠損しているとその後の人生においてとても影響が出ると言われています

自分には愛される資格も生きる資格もないように思ってしまう人たちも多いのです

愛するに値しない自分

大切にしてもらえなかった自分

そんな環境の中で健全な心が育つわけがないのです

人は周りの環境によってどんなふうにも変わります

悪にもなり善にもなります

つまりすべての人に悪の種や善の種があると言うことです

ジョーカーは、最後の蓋となっていた母親とコメディアンになる夢の両方を失うことにより無敵になりました

その瞬間彼の中で爆発が起こり悪が目覚めるのです

日本では最近凶悪事件や精神破壊的な虐待が数多く起きています

これも全て「愛着障害」から来ていると私は思っているのです

ジョーカーのような悪の種は誰の中に存在しており、誰でもなりうると思ってるのです

全てを失って守るものがなくなったときに人は悪になると思うのです

映画「ジョーカー」を観てそんなことを感じました(^◇^)



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