映画「ハウス・オブ・グッチ」を観て思うこととは
先日映画館で今話題の「ハウス・オブ・グッチ」を見てきました
ブランドとかあまり興味ない私でも「GUCCI」の存在は知っていたのでものすごく興味深いものになりました
株式会社 日向の鳥辺康則です(^◇^)
感想は・・・実話がベースだけあってむちゃくちゃ面白かったです
グッチ一族の地位や名誉や権力、ブランドの革新やお金に携わる骨肉の争いを描いた本当の物語
ある意味私なんか愛憎、嫉妬、強欲が渦巻く人間ドラマの面白さから言えば名作「ゴッドファーザー」を超えてるんではないかと思ってます
そして実際に殺人事件まで起きてるなんて・・・
簡単なストーリーはこちらです⬇︎
1970年から始まった一族の30年にわたる愛、裏切り、退廃、復讐、そして殺人に至るまでを辿っていく…
貧しい家庭出身だが野心的なパトリツィア・
レッジャーニ(レディー・ガガ)は、イタリアで
最も裕福で格式高いグッチ家の後継者の一人である
マウリツィオ・グッチ(アダム・ドライバー)を
その知性と美貌で魅了し、やがて結婚する。
しかし、次第に彼女は一族の権力争いまで操り、
強大なファッションブランドを支配しようとする。
順風満帆だったふたりの結婚生活に陰りが
見え始めた時、パトリツィアは破滅的な結果を招く
危険な道を歩み始める…。
https://news-movie.jp/house-of-gucci/
個人的には監督のリドリー・スコットが大好きです
彼は興行収入的にヒットした「エイリアン」「ブレードランナー」などのSF超大作映画も撮影してるのですが、「ケネディ家の身代金」「最後の決闘裁判」などの大ヒットでないとしても実話を映画化した作品も撮影していてハリウッドを代表する巨匠と言われています
最近は撮りたい題材の映画を取るスタイルになっているので、ますます大好きになっています
物語のベースになっているのは長年GUCCIをジャーナリストとして取材してきたサラ・ゲイ・フォーデンが書いた著書「HOUSE OF GUCCI」が基になっています
GUCCIはいわばイタリアの王室みたいな歴史があるみたいです
GUCCIの始まりは1921年にフィレンツェに設立された小さな鞄屋だった
創業者のグッチオ・グッチが作る質のいい鞄は多くの顧客を獲得したが、もしも彼にアルドという息子がいなければ、GUCCIはフィレンツェの鞄屋で終わっていただろう
進取の精神に富み、商才に長けたアルドは、ローマ店をかわきりに、ニューヨーク、ロンドン、パリと次々に支店を開いて成功させた。扱う商品も鞄、靴、服、香水、アクセサリーと種類を増やし、戦後の20年間でGUCCIを世界的ブランドへと大成長させたのである
巨大企業となったGUCCIの経営陣は全てグッチ家の親族で固められていた
グッチ帝国の面々は自家のブランドを愛し、結束が固い一方で争いも起きた
グッチオの孫の代になると、会社の指揮権を奪い合い、警察や司法を巻き込んで、争いは泥沼化した
今ではGUCCIに携わる経営でグッチ一族のものが一切関わっていない
実際この映画の中で悪女として描かれているパトリツィアはあと数年すると刑期が終わり仮釈放されると言われています
彼女は最初から財産目当てで近づいたのでしょうか?
最初は純粋な愛だったかもしれないと思ってしまいます
しかし巨大なブランドと権力を目のあたりにしたとき人はその力に飲み込まれてしまうのかもしれません
お金をどんなに持っても絶対に満足する事はないと言われています
車やブランド品などどんなにモノを持っても幸せになるとは限りません
10のモノを持って10の豊かさを得ていた時代から
5のモノでも10の豊かさを得ていく時代へ世の中は変化していってると思ってます
足りない5は何で補ったら良いのでしょうか?
私は心で補うものだと思っています
物の時代から心の時代へと移行したのだと思っています
アップル創業者のスティーブ・ジョブズも亡くなる前にこんな言葉を残してます
私が人生で勝ち得た富や尊厳は全くもって意味のないものだと気づいた。家族への愛・配偶者への愛・友人への愛を大切にしてください。
19世紀の産業革命以来、世界は資本主義の無限拡張運動によって経済発展を続けてきました
しかし今、環境破壊、格差の拡大、中間層の没落などその限界が見えつつあります
資本主義の原動力は他でもない、人間の欲望である‼️
人間の欲望とは何なのか、その行き着く先は何処なのか?
そんなことを深く考えさせてくれるとても素晴らしい映画だったと思います
No comments yet.