人間中心の「自然保護感」で地球の大自然はほんとに守られるのでしょうか?
今世界でスペインの塩水ラグーンである「マール・メノール」が注目を集めています
それは9月下旬にヨーロッパで初めて、このラグーンが「人」として認められたと言うことなのです
株式会社 日向の鳥辺康則です
マール・メノールは鉱業や観光地化が原因で1960年代から環境破壊が進みました
過去10年間では集約農業で使用する硝酸塩を含む肥料の流出でラグーンは富栄養化され海底植物の85%が死滅したのです
そしてそのラグーンを居住地としていた多くの生き物が死んでしまいました
何百万匹という魚が海岸に打ち上げられ汚染の深刻さを世界に知らしめたのです
ではラグーンが「人」として認められると言う事はどういうことなのでしょうか?
これは国連が位置づけている「自然の権利」を持つと言うことらしいのです
国連は「自然の権利」を人間中心主義ではなく、地球上で人類と自然が共存する関係であるとの認識に基づきこの関係を尊重した行動をとるための指針と位置付けています
つまり自然を人と同じように法律で守ると言うことなのです
「自然の権利」を認める法的規定には、憲法・国の法律・地域の法律が含まれます
法律上、世界的に自然が存在・繁栄・進化するための生得権(生まれながらに持つ権利)を認める方向に発展しているのです
マール・メノールが「人」として認められたということは「自然の権利」を与えられたことを意味します
しかし「自然の権利」を憲法・国の法律・地域の法律に取り入れている例は世界30カ国でしかありません
例えば南米のエクアドルです
2008年、世界で初めて「自然の権利」を認め法律に含める国になったのです
その憲法の中には、自然(パチャママ)も同様の権利を保有し憲法はそれを認めると書かれています
エクアドルの大自然も固有のものとして認められ保護されていると言うことです
2010年には、ボリビアも憲法に「自然の権利」を反映させ「母なる大地の権利法」を多民族立法議会で可決し制定しました
ニュージーランドでも同じようなことが制定され、特定の代理人がそれを管理すると言う形でパトロールしています
それらの大自然には先住民族が多数住んでいます
その先住民族の方々の移住地を奪うこともできなければ、自然を壊すことができないと言うことです
しかし実際はほんの一部の国だけで実行されている考え方でしかないのです
国連は産業革命以来には自然は主に人間の利益のために存在する「商品」として扱われてきました
環境問題は技術を使えば解決できると考えられてきたのです
つまりは自然を人間の力でコントロールできると思っていたのです
しかし実際は人間は自然の一部でありコントロールするどころか、全く制御が効かない状態になっていると言うことです
そして今になって新たな世界の創造には、地球と人類との間に新しい関係を築く必要があると強調し始めてます
人間中心主義ではなく、人間は自然と同等の関係にあるべきと声高に呼びかけているのです
そこで私はとても違和感を感じます
自然界が親であり、その中で生かさていただいてるのが人間なのにもかかわらずまだ同等の関係にあると勘違いしています
支配しようとした自然界が無理だとわかったら、今度は同等の立場として自然を管理しようとしてるのです
その考え方そのものが違和感があるのです
それは私だけでしょうか?
それでもなお多くの国の方々は「自然の権利」すら認めようとしません
「人は自然を支配するもの」と経済を最重要視した、従来の考え方から脱却できていないのです
人間の意識改革が本当にできるんでしょうか?
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